ことわざ
あんこうの待ち食い あんこうはじっと他の魚の近づくのを待っていて、これを食べる、まさに待ち食いである。これから転じて、何も自分では貢献することなくごちそうに預かることをいう。
飢えは食を選ばず 腹のすいている時はどんな食べ物でも美味に感じられる。類語に「腹のへった時にまずいものはなし」。
瓜食うたままには居られず 時節違いの衣類を着てはおられぬ。夏がくれば秋の準備をしなければならない。
瓜の皮は金持ちに柿の皮は乞食にむかせるのがいい 瓜の皮は厚くむき、柿の皮は薄くむくものであるから、このような言い方をする。
得食に毒なし 好きなものに毒はないということ。それが度をこすと必ずしも毒なしとはいえないが。また、好んで働くときは苦労を感じない、好物にたたりなし、ともいう。
江戸っ子の梨を食うよう 梨を食べるときは、サクサクと音がすることから、江戸っ子はさっぱりしている、ということ。
絵にかいた餅は食われぬ 絵にかいた餅は食べられない。転じて、空想や観念では頼りにならない。実際にできることでないと、役に立たないこと。
大飯食い箸を選ばず 大食する者はボリュームが目的であるから、料理の味、形態、盛り付けなどには余り関心がないことをいう。なお、料理用語として「箸がきく」というのは、盛り付けのすぐれていることをいう。
蓼食う虫も好きずき 苦い蓼(たで)の葉を食う虫があるように、人の好みは様々で、一般には理解し難い一面を持っていることもしばしばだということ。
煮ても焼いても食えぬ 相手が抜け目なく、時には悪がしこくて、どうやってもこちらのいうことを聞いてくれそうもないこと。
同じ釜の飯を食う 同じ家に住み、一つの釜の飯を分け合って食べた意。
雁も鳩も食わねば知れない 雁の肉か鳩の肉かは食べた経験がない者にはその区別はできない。何事も素養がないと、物の値打ちの判定はできない。「食わざれば、その味を知らず」という諺もある。
食うてもその味を知らず すばらしい料理や、おいしい果物などを口にしても、他のことを考えたり、仕事をしたりしていると、味が全然わからないことがある。何をするにしてもそこに気持ちがなくうわの空でやっていては目的を達せられない。
食ってすぐ寝ると牛になる 子供たちの行儀をよくするための戒めの言葉である。しかし、現代医学の立場からいうと、食べてすぐ寝るのは消化促進のためにいいとか。
食わず嫌い 食べてみればおいしい味が楽しめるのに、食べないで嫌いだという。同様に何事も自分で接してみないで嫌いだといってさけてしまうこと。
高飛の鳥は美食に死す 高いところばかり飛んでいれば安全な鳥も、つい下の方のうまそうな餌があると、それに誘われて罠にかかって命を失ってしまう。人もうまい話に乗らないほうがよい。
ごちそうか断食かどちらかにせよ どうせ食べるなら、ごちそうがいい。もしそれができないのなら、むしろ断食して何も食べないほうがいい。転じて、どうせするなら大きいことをせよ、の意。
こちの頭を嫁に食わせよ こちという魚は頭は大きいが、骨が多くて肉はいくらもない。そんな食べにくい部分を嫁に食べさせ、姑が嫁いびりをする、という解釈が一つ。また一方で、肉は少ないが味はよく、カルシウムを摂取するにも、こちの頭は申し分ないもの。だから嫁に与えるのだ、という考え方もある。
三月ひらめ犬も食わぬ 旧暦の三月に入ると、ひらめの味はぐっと落ちるので、このようないい方をする。
塩からを食おうとて水をのむ 塩からを食べれば、のどがかわく。前もって、水を飲むというのは手まわしがいいが、順序が逆で役立たない。
手盛りを食う 人にひっかけられること。いっぱいくうこと。
ないもの食おうが人のくせ ある時はそう欲しくないが、ないとなると何でも欲しくなる。ことに食べものはそうである。
武士は食わねど高楊枝 「高ようじ」は食後に満足した様子でようじを使うこと。武士は実際は何も食べなくてもまわりを気にして十分に食べたようにようじを使うことから、見栄をはった人や辛さを見せない人のことを言う。
病は口より入る 肉を多く食べれば、病気になりやすい
居候の三杯目 間借りしている上に食事のお世話にもなり、とても肩身がせまくて、おかわりも三杯目になると気が引ける・・・。
秋茄子は嫁に食わすな 秋茄子はとっても美味しいので嫁には食べさせん!という意味や秋茄子は種が無いので嫁に子供が出来ない事を気遣う。 という意味など。でも本命は、ナスは体を冷やすので食べ過ぎるのは体に良くないという意味
食うだけなら犬でも食う 何もしないで食べるだけなら犬でも出来る。これは「人間としての値打ちは幸せや意義を感じる事にある」という事。
わわしい女は夫を食う 口やかましい女は夫の身をほろぼしてしまう。
夫婦喧嘩は犬も食わぬ 夫婦げんかは犬さえ気にとめない。夫婦のいさかいは一時的ですぐに和解するものが多いから、他人が仲裁などするものではない、または、仲裁するのはばからしい。